【久上】 「欲望など抑圧すればするほど反動が大きいものだぞ、彼方――」\ そう言って、先輩は歩き出す。\ 【久上】 「――我慢しすぎると、自分のようになってしまうからな。  図書館での調査日時は追って伝えよう」\ 【彼方】 「すみません、こっちの都合で……」\ 【久上】 「なあに部活など所詮どこまでいっても部活でしかない。  青春の片手間で謳歌できない部活動など滅んだ方がマシだ」\ 【彼方】 「……」 全力投球で部活に打ち込んでる人には言われたくない台詞だ……。\ /SE学校のチャイム、キーンコーンカーンコーン/ /暗転/ 【久上】 「ではな、良い週末を楽しんで来い」\ *story2day2dayafter /リビング絵夕方/ 【彼方】 「というわけで協力をお願いします、切音さん」\ 【切音】 「……」\ 時刻は夕方、午後5時。 俺はリビングでくつろぐ切音さんと、加えて奈々と、対峙していた。\ /暗転/ ――あれから授業を全て無視し、商店街で食料の買出しを済ませ。 (3人、いや4人が住むとなれば、冷蔵庫の中身は大事だ)\ ついでに生活用品を買い溜めして。 (3人、いや4人が住むとなれば、ほぼ以下同文)\ 財布の中身が凄く軽くなったのを寂しく思いながら帰宅。 (3人、いや4人いた筈の諭吉さんが、いつの間にか消えてた)\ そして――先に帰宅していた切音さんと奈々に、忍ちゃんのことを説明しているわけだ。\ 勿論、俺と康平の喧嘩も、忍ちゃんの家出も。 康平の勘違いも、俺の画策も、包み隠さず説明した。\ ……多分、忍ちゃんはウチに泊まりたがらないだろう。 そういう遠慮をしがちな子だということは、もう長い付き合いで把握してる。\ 今朝だって俺には何も話してくれなかった。 どうせ俺に迷惑や心配を掛ける、とか思ってるんだろうけど。\ ――だから2人が、少しでも、ほんの冗談でも、泊まらせたくない雰囲気を出したら。 そこでアウト、絶対に忍ちゃんは泊まりはしないだろう。\ /暗転終了/ 【切音】 「……ねぇ奈々ちゃん、御園くんは更にハーレムを増やしたいらしいわ。  私たちの何が不満なのかしら? 酷い男だと思わない?」\ 【奈々】 「う〜〜ん、あはは〜〜。  彼方くんは世界で有名な節操無し男だからしょうがないよ!」\ 【彼方】 「誰が節操な――いや、何でもないです」\ 女性陣のジト目に、思わず出そうになった不平を飲み込む。 ここは我慢だ、御園彼方1年C組出席番号31番、得意料理はパスタ!\ 酷い男と罵られようと、節操なしと詰られようと。 忍ちゃんの為だと思えば、その程度のことなら笑って許せるはずさ!\ 【切音】 「本当に御園くんは鬼畜ね、いえ悪鬼羅刹を上回るわ。  鬼畜なんて言葉では文字が足らないほどよ」\ ……なんとでも呼ぶが良いさ。\ 【切音】 「鬼畜生ね」\ 【彼方】 「おにちくしょうって……字面的にあまり変わってないですよ……」\ とうとう畜生よばわれされてしまった。 ああ、この家って俺の家だよな……?\ 【切音】 「何を言ってるの、私は『おにちく生まれ』と言ったのよ。  鬼地区生まれの鬼地区育ち、生粋の鬼地区っ子でしょう?」\ 【彼方】 「ルビをふれ、ルビを……」\ 鬼地区って何だよ。 俺はまごうことなく埼玉県民で所沢市民だ。\ 【切音】 「お姉さんと幼馴染だけでは飽き足らず、今度は妹キャラですって?  どれだけ萌え要素を揃えれば気が済むのかしら」\ 【彼方】 「ぐ……」\ 誰がお姉さん属性だ、この○△□×め……! (罵倒のため脳内で検閲されました、ご了承下さい)\ 【切音】 「そのうち、メイドやらネコ耳やらも揃えそうな勢いね……。  節操無しというより、単にド変態の領域に達しているわ」\ 【彼方】 「ぬ……」\ どうしてそこまで○△□×※@*#に言われなければならないのか……!? (あまりある罵倒のため脳内で検閲されました、ご了承下さい)\ 【切音】 「――この際だから、はっきり言わせて貰うわ」\ 俺の脳内伏字をテレパシーで受け取ったのだろうか。 ……切音さんが珍しく真面目な顔で、話を切り出す。\ 【切音】 「萌えという概念で大事なのは、要素ではなく――乙女の恥じらう姿なのよ」\ 【彼方】 「……」 世界人類の中で最も恥じらいが無い人の台詞じゃないと思います。 THE・お前が言うな、の見本例。\ ――切音さんは小さくかぶりを振り、奈々を見やる。\ 【切音】 「奈々ちゃんも、……えっと忍ちゃん、だったかしら……。  その忍ちゃんに、この生活を邪魔されたくないでしょう?」\ 【奈々】 「え? あたしは別に構わないよ?」\ 【切音】 「ん?」\ 【奈々】 【え?】\ 2人して顔を見合わせる。 ……うわぁ、傍から見ると凄い間抜けな構図だなコレ。\ 昼間に同じようなことを久上先輩とやっていただけに、胸に迫るものがある。 よし、これからは絶対に顔を見合わせる構図はしないと心に固く誓おう。\ 【切音】 「……ちょっと待って頂戴、奈々ちゃん。  話の流れについていけず取り乱してしまったわ、ごめんなさい」\ ……! すげえ! 奈々ってば、切音さんを動揺させてる!?\ 俺が動揺させられることは多々あれど、切音さんを動揺させることなんて皆無なのに! やべぇ、不覚にも奈々のこと尊敬しちゃうかも!\ 【切音】 「奈々ちゃん、よく考えて、忍ちゃんという娘は女子中学生なのよ?  御園くんを犯罪者にするつもりなの?」\ 【彼方】 「俺が手を出すこと前提かよ……」\ 【切音】 「小前提も大前提も無いわ、既に宇宙の結論レベルでしょう。  そんな野獣の檻に子羊を閉じ込めると言うの?」\ 【彼方】 「あんたマジで出て行け……」\ 俺の人格を全否定な発言に、奈々は少し困ったように首をかしげた。\ 【奈々】 「でも忍ちゃんが心配なのは、あたしも同じだし。  この家に住むなら安心だよ?」\ 【切音】 「……」\ 名なの良い子ちゃん思考に、切音さんが黙りこくってしまった。 よし、奈々よ、この血も涙も無い鬼畜にもっと言ってやれ!\ 【奈々】 「忍ちゃんとは知らない仲でもないし、助けてあげたいもん。  ――何より彼方くんがそうしたいって言うなら、あたしは反対しないよ」\ 【彼方】 「……奈々」\ 【奈々】 「あはは〜〜、大丈夫、大丈夫。  忍ちゃん可愛いから、切音さんもきっと仲良くなれるよ!」\ おおう、ちょっとお兄さんってば感動しちゃいましたよ? こいつが至極真っ当な意見を言うなんて、涙で前が見えなくなりそうだ。\ いつも馬鹿な事とその日の食事の事しか考えて無いと思っていたのに。 人って成長するんだなぁ……。\ ――などと、かなり酷い感想は置いといて。 何はともあれ、これで賛成2・反対1だ。\ 数の暴力という名の多数派、その力を今こそ最大限に発揮する時が来たようだ。 民主主義って素晴らしい。\ 【彼方】 「どうですか切音さん、奈々もこう言っているんですよ?  大人しく協力してくれませんか?」\ 【切音】 「……御園くんのドヤ顔はとてつもなく気に入らないけれど。  仕方ないわね、2人がそう言うなら――」\ 切音さんは諦めたように溜息を1つこぼしながら――\ /BGM変更/ 【切音】 「――なんて、素直に私が従うとでも思ったのかしら」\ 底意地の悪い笑みを浮かべやがりました。\ 【切音】 「ダメね、全然だめ駄目よ、お話にならないわ。  2対1になったからといって私が主義主張を曲げる人間だと思う?」\ ……いや、思ってませんけど。 ここは素直に頷いてくれる場面じゃないかなぁ……。\ 【彼方】 「……理由は何ですか、理由は。  ハーレムとかパライソだとか、その辺のことで反対してるなら――」\ 【切音】 「他愛も無い冗談を真に受けないで頂戴、そういうことではないわ。  大体、ヘタレ変態紳士の名を欲しいがままにしてる御園くんだもの」\ そんな不名誉な称号を欲しいと思ったことは1度もねぇよ。\ 【切音】 「女の子の1人や2人が増えたところで、何の進展もある筈がないでしょう。  ヘタレ具合はもはや神の領域と言って良いわ」\ 【彼方】 「俺は信頼されてるのか……それとも貶されているのか……?」\ 切音さんがソファの上で足を組みなおす。 その表情は――かなり不機嫌そうだった。\ 【切音】 「奈々ちゃんは良いわよ、ここに住むという意思があって来たのだから。  それをとやかく言うつもりもないし、言える立場でもないわ」\ けれど――と、切音さんは言葉を続ける。\ 【切音】 「話を聞いた限り、その忍ちゃんは違うでしょう?  御園くんに助けを求めた訳でもない、奈々ちゃんに頼んだ訳でもない」\ 【彼方】 「それは……そうですが」\ 【切音】 「単に御園くんが裏で暗躍しているだけ。  良かれと思って泊めようとしてるだけじゃない」\ ……確かに、切音さんの言う通りだ。 俺のやっていることは自己満足でしかないのかもしれない。\ それでも。 それでも、だ。\ 【彼方】 「……良かれと思って行動して、何が悪いんですか」\ 善意で世界が滅ぶというのか? 悪意で世界が救えるというのか?\ そんなのは、こちらから願い下げだ。 ――切音さんを睨みつける。\ 【切音】 「本人の意思も確認せずに、何が善意なのかしら?  自分勝手な善意の押し付けは迷惑以外の何物でもないわ」\ 【彼方】 「――」\ 【切音】 「迷惑よ、不可解よ、汚らしいわ、気味が悪いわ、気分が悪いわ」\ 【彼方】 「っ! この……っ」\ 【奈々】 「彼方くん!」\ 瞬間的に頭に血が昇り、拳を握りしめて踏み出した所で。 ……奈々の言葉に止められる。\