*story2day2morning4 /ガラ/ /部室/ 【久上】 「おお、よくぞ訪れた! この迫害された世界のサンクチュアリへ!  彼方諜報員! 私は感動した! 感動したぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」\ 部室の扉を開くと、そこは異世界だった。 白衣を着て、テンションゲージがMAXな先輩が待ち構えていた。\ 【久上】 「この瞬間をもたらしてくれた神へと感謝しよう!  しかし、我らは神を打ち砕かねばならないのだ! 運命という名の神を!」\ 【彼方】 「……のっけからテンション高いな〜〜」\ 【久上】 「さぁ共に手を取り、未知なる世界を踏破しようではないか!  彼方諜報員! 我らの行動を阻害するものなど何するものぞ!」\ /ガラピシャン/ /暗転/ とりあえず、扉を閉めた。 うん、部室はダメだ、違うところを探そう。\ /ガラ/ 【久上】 「待たんか、彼方諜報員! 扉を開けて10秒で踵を返すとは何事だ!  ぬか喜びさせるだけさせて、それは酷いのではないか!?」\ 【彼方】 「……いや、待ちたくないんですけど」\ 【久上】 「わかっているぞ、自分の研究を手伝いにきたのだろう!?  な〜〜に、実地検分や雑用ならば、人手の不足が有り余っている!」\ 【彼方】 「わかってないじゃないですか。  あと、不足が余るって日本語の使い方がおかしいですよ」\ 【久上】 「安心すると良い! ようやく切音参謀から許可がおりたのでな!  今日からは、正式に彼方諜報員も推理研の一員だ!」\ ああ、めんどくせ。 いつもよりテンションが高すぎて、言葉の意味が不明すぎる。\ 【彼方】 「正式にって、2ヶ月前に入部届を書いたでしょうが。  美知代さんも目の前で受理したでしょう?」\ 【久上】 「何を言っている! そういうことではない!  我らの推理研の究極命題を忘れたのか!?」\ 【彼方】 「究極命題って――アレですか?  秘密と真実を白日の下にさらけ出す、とかいうヤツですか?」\ ことあるごとに繰り返す久上先輩の口上。 2ヶ月間、反復で聞いていたらそりゃ覚えるってもんだ。\ 【久上】 「ん……?」\ 今までオーバーリアクションかましていた先輩の動きが止まる。 何かに気づいたように、腕を組んで考え込んでいるようだ。\ 【久上】 「……切音から、聞いていないのか?」\ 【彼方】 「切音さんから? 何をですか?」\ 【久上】 「ふむ……その様子だと本当に話していないようだな。  どういうつもりだ、切音参謀よ……」\ 肩を落とし落胆したように、久上先輩が溜息をつく。 どうでもいいけど、いつのまにか切音さんの肩書きが参謀になってるな。\ 【久上】 「部活動禁止週間にも関わらず、授業をエスケープし部室に来る。  てっきり話を聞いたものだと解釈したのだが……」\ 【彼方】 「俺だって、サボタージュしたい日もありますよ」\ ――特にそれが、幼馴染と喧嘩をした日なら尚更だ。 意味の無い授業を聞くより、部室で呆けていた方がまだマシ。\ 【彼方】 「そもそも中間の時も、禁止週間なんて関係なかったじゃないですか。  おかげで奈々の成績がどうなったのか忘れたんですか?」\ 中間試験でも久上先輩は俺たちを部活に駆り立てていた。 まぁ部室に集まっていただけだから、傍からは部活かどうかなど分かりにくい。\ そのへんを厳しく注意する教師もいない。 しかも、それが久上先輩を擁する部活動――誰が咎められようか。\ 【久上】 「ふむ――確かに、これは自分の落ち度と言えよう。  なるほど、切音は話していないのか」\ 【彼方】 「……またオカルト関係を調べるとかいう話ですか。  UFOですか、心霊写真ですか、それとも違う何かですか?」\ 【久上】 「………………」\ 【彼方】 「……その、宇宙人を見た、みたいな驚いた顔は何ですか。  俺、変なこと言いました?」\ 【久上】 「……くくく、ふはは、はーーーーはっはっは!」\ 久上先輩が、かなり気持ち悪い感じで笑い声をあげる。 マジきもいなぁ。\ 【久上】 「これは驚いたぞ、彼方諜報員! 部活内容を自ら問うとは!  まさか、ここまで部活に積極的になるとは素晴らしい兆候だ!」\ 【彼方】 「……いや、積極的というより消極的な諦観ですけど。  どうせ巻き込まれるなら、さっさと巻き込まれた方が楽ですし」\ 【久上】 「隠さなくとも良いぞ、恥ずかしがることは無い!  その口上とは裏腹に、瞳の底には燃え滾る好奇心が見えるではないか!」\ 【彼方】 「そんなもんを見ないで下さい、どんな霊視能力ですか。  自分に都合の良いシックスセンスを騙るのも止めて下さいって」\ 【久上】 「都合の悪い第六感など、こちらからお断りだな!  いいぞ、彼方諜報員、それでこそ自分が見込んだ男だ!」\ 【彼方】 「評価されるって……虚しい事なんだなぁ……」\ 【久上】 「切音が話さなかったことも僥倖だな! さすが我が参謀!  まさか説明するという愉しみを、自分のために残しておくとは!」\ 【彼方】 「自己中心的って……生きるのに楽そうだなぁ……」\ ……テンションが天井知らずにドンドン高まっていく先輩。\ とりあえず――うん、逃げようかな。\ 【彼方】 「えっと、それでは授業が始まるので、俺はこの辺で――」\ 彼方は『にげる』コマンドを使った。 戦闘から逃げ出した。\ 【久上】 「彼方諜報員、自分がそう易々と逃がすと思うてか!?  遠慮はいらない、彼方特派員が聞きたくないことも、喜んで教えよう!」\ おおっと回り込まれた。 戦闘からは逃げられない。\ 【彼方】 「迷惑すぎる……」\ 【久上】 「ふむ、彼方諜報員にしては浅慮だな、ここで逃げた所で自分が諦めると思うか!?  例え地の底、空の果て、成層圏すら乗り越え追いかけるつもりだ!」\ 【彼方】 「もはや宇宙規模のストーカーだよ、それ。  ……いや、本当にやりそうで背筋がうすら寒い!」\ 【久上】 「そこまで嫌がることはあるまい。  話に付き合ってくれたなら、粗品も贈呈しようではないか!」\ 【彼方】 「……どうせロクなもんじゃないんでしょう?」\ ニヤリと久上先輩が口の端を歪め眼鏡を光らす。 キュピーンという音が聞こえた気がした、きっと気のせいだろう。 【久上】 「去る5月、切音の私服に身を包んだ、彼方諜報員の写真とネガだ!  女装趣味を公然にバラ撒かれたくなければ、自分の話を聞くが良い!」\ 【彼方】 「てめぇ! あんなもん残してやがったのか!?  粗品じゃなくて、脅迫の取引品じゃねぇか!」\ 【久上】 「少し部室を漁っていたら偶然にも出てきたのだがな!?  ふむ、なかなかに似合うではないか!」\ そう言って胸ポケットから写真を取り出し、嫌な笑いを浮かべる先輩。 こちらからは裏の白地しか見えないので、何が映っているのかはわからない。\ っく……。 これは久上先輩のお得意のハッタリだ、騙されるな彼方! 【彼方】 「ふ、ふふふ……だ、騙されませんよ、先輩。  あの時は切音さんしか居なかった筈だ!」\ 【久上】 「顔色と声色と旗色が悪いな、彼方諜報員!  動揺するということは心当たりがあるという事だろう!?」\ 仰るとおりだった。 ほとんど負け確定の状況だった。\ /BGM変更/ 【久上】 「――と、まぁ彼方よ、この辺は冗談だ、軽口と思ってくれて構わない。  こんな写真ごとき、幾らでも譲ってやろう」\ ……久上先輩の雰囲気が変わる。 しかも合図すら出されてしまった。\ 【彼方】 「……唐突にどうしたんですか、えらく真面目ですね」\ 【久上】 「正式な部員として扱うと冒頭で言っただろう。  まさか、自分が本気でオカルトを調べていたと思ったか?」\ 【彼方】 「いや、うん、まぁ……………………割と本気で思っていましたけど。  利害云々を抜かして、そういうの好きなんじゃないですか?」\ 【久上】 「あえて否定はすまい――とはいえ、全くの無関係という訳ではないのだぞ。  後輩に無駄足を踏ませるほど、心は鋼鉄で出来てはいない」\ ……俺も、少しは気づいていた。 久上先輩には、何か別の目的があって部活をしていることなら。\ 初めて言葉を交わした時と、学園で再会した時。 ギャップが酷すぎて、本当に同一人物なのか疑ったほどだ。\ 【久上】 「ふむ、彼方が1人で入部してくれたなら、当日にでも打ち明けただろうが。  奈々特派員も始終ベッタリだったからな」\ 【彼方】 「随分と――含みのある言い方ですね。  言外に、奈々を仲間外れにする、と聞こえますけど」\ 【久上】 「そういうことではない、単に優先順位と秘密主義の賜物だ。  身内に甘いことは知り合った時に把握済みだ」\ 【彼方】 「……すみませんね、甘くて」\ 先輩の言っていることには、反論の余地が無い。 素晴らしいほどの人間観察眼だった。\ つまりは、俺が奈々に喋るという危険を考慮して、今まで黙っていたわけか。\ 【久上】 「謝ることは無い、優先順位というものは得てして揺るぎにくいものだ。  それに――順位を変える気もないのだろう?」\ 【彼方】 「……それなら、どうして話すことにしたんですか。  俺が奈々にバラす危険が、まだあるってことですよね」\ 【久上】 「いや、秘密を漏らす心配はないだろう。  長年かかえて来た彼方の疑問にも、関わるかもしれんからな」\ /回想/ 奈々ちゃんのお父さんの名前――遠見さんだったかしら? /回想終わり/ /BGM変更/ 切音さんの言葉を思い返し、背筋に冷たい汗が伝い落ちる。\ ――彼女が知っているというのなら。 目の前のこの人が知っていても、何ら不思議ではない。\ 【久上】 「ふむ、中々に精悍な顔つきになったな。  出会ったときのことを思い出すぞ、彼方」\ そう言って、先輩はシニカルに笑う。 出会った時にも感じた、得体の知れない雰囲気を久しぶりに感じる。\ どこまで把握していて、どこまで手中にしていないのか。 全てを見通されているような不快感。\ 【久上】 「それでこそ自分が見込んだ御園彼方だ。  ――ここでは人目がつく、場所を変えようか」\ 先輩は俺の返事も聞かず、さっさと歩き出した。 ……俺がついて来ると、確信した足取りで。\ せめてもの反抗に、向けた背中に声をかける。 素直についてくると思ったら大間違いだ。\ 【彼方】 「……俺が話を聞くということを、前提にしていませんか?  別に俺は聞かなくてもいいんですよ?」 【久上】 「知らずに巻き込まれるのと、覚悟して巻き込まれる――  その違いだけだぞ?」\ 【彼方】 「…………」\ ぐうの音も出なかった。\ ……くそ、主導権はいつになったら俺のものになるんだか。 ったく、人の意思を尊重しない人たちだなぁ、ホント。\ /場面転換屋上青空/ /SEキィ、ガチャン/ 【久上】 「ふむ、澄み切った青空だな、心が洗われるようだ。  こんな日に野外戦闘訓練でもしたら、実に爽快だとは思わないか?」\ 【彼方】 「思いませんよ……どうしてわざわざ屋上まで来たんですか。  内緒話なら部室でも良いでしょう」\ 階段を昇りここまで来る必要は取り立てて無い筈だ。 この人は一体、何の話をしようというのだ。\ 【久上】 「部室では盗聴の恐れがあるからな、万全を期した。  両隣は空き部屋状態、誰かが聞き耳を立てている危険もある」\ 【彼方】 「……そんなことでかよ……美知代さんじゃあるまいし。  学校に盗撮器や盗聴器を仕掛けるヤツなんて――」\ 【久上】 「いないのなら、こちらとしても楽なのだがな」\ /BGM変更/ 【彼方】 「――――え?」\ 今、先輩がとんでもない事を言わなかったか? 俺の言葉を遮って、何と言った?\ いないのなら? 美知代さん以外に、いないとしたら? それでは、まるで――\ 【久上】 「随分と驚いた表情だな、美知代顧問から聞いていないのか?  てっきり知っているものとばかり思っていたが」\ 【彼方】 「いないとしたらって――それじゃあ、他にも……」\ 【久上】 「ふむ、彼方らしくないな、考察と推察が足りていないぞ。  少し考えればわかることではないか」\ 腕を組み、久上先輩が転落防止用のフェンスに寄りかかる。 金網が軋んだ音を立てて、先輩を受け止める。\ 【久上】 「……いや、むしろ彼方らしいか。  どうでもいいことに思考を割かない点は一貫しているな」\ 【彼方】 「……褒められてる気がしません」\ 猪突猛進が褒め言葉になるのは短距離走の選手だけだ。\ 【久上】 「何の理由もなく、美知代顧問が盗撮器などを仕掛けると思うか?  仮にも我が部活の名誉顧問だ」\ 【彼方】 「いや、でも……」\ 【久上】 「仮にも犯罪行為に手を染めようというのだ。  それが趣味嗜好ごときで法を犯す訳がなかろう?」\ 【彼方】 「……どうみても趣味嗜好で法を犯すタイプだと思います……」\ 【久上】 「――犯罪と呼ばれる行為は、等しく大原則を持つ。  それが何かわかるか?」\ いきなり、久上先輩の口から抽象的な議論が飛び出す。\ 大原則。 それは犯罪を犯罪たらしめているモノ、共通する法則。\ 【彼方】 「……犯罪者にとって利益が出る、ですか?」\ 【久上】 「ふむ、概ね正解だ――刹那の逡巡でそこまで出るのなら充分だな。  言葉を置き換えるのなら『ハイリターンである』ということだ」\ ハイリターンであること。 それが犯罪の大原則。\ 【久上】 「その言葉が気に入らないのならば、動機、としても良い。  何かの動機がなければ犯罪は起こりえない」\ 【彼方】 「単なる言葉遊びじゃないですか……」\ 理由があるから、結果がある。 前提と過程を経て、結論が導かれる。\ 森羅万象、全てのモノに当てはまる大原則だ。 そんなことを確認して何になる。\ 【久上】 「勿論、犯罪を起こせば警察に緊縛されるというリスクも生まれる。  それが抑止力となって無差別に犯罪は起こりえないわけだ」\ 【彼方】 「誰でも両手に手錠は勘弁ですからね……」\ 【久上】 「逆を返せば、リターンがリスクを上回れば犯罪が起こるということだ。  リターン自体が、その当人にとってハイリターンとなればいい」\ 【彼方】 「……当人にとって? 何か含みのある言い方ですね?」\ 【久上】 「他人に理解されないリターンでも良いんだ。  くしゃみが煩い、殺せば止められる――それくらいでも良い」\ 【彼方】 「なっ……そ、それはちょっと良い過ぎですよ。  そんなことを誰が思うっていうんですか」\ 【久上】 「それは彼方にとってリターンが薄いだけだ。  世界人口60億人、中にはそれをハイリターンと捉える輩もいよう」\ 【彼方】 「……いませんよ、そんなヤツ……どこの赤い羊ですか」\ 【久上】 「ともすれば現行法におけるリスクも大きいのか、という議論も出来るが。  時間の価値を算出する方法が確立されていないからな」\ 軽口には軽口を。 皮肉には皮肉を。\ 【久上】 「要は、その犯罪を起こすだけの価値がある訳だ。  その人にしか分からん、理由というものが、な」\ 理解不能といった様子で、久上先輩が首を振る。 ……俺にも、そんなもの理解不能だ。\ 誰にも理解されることの無い理由であろうとも。 リスクと天秤にかけて、リターン側に傾いたら実行する。\ 逆にリスク側が大きいと感じたら止める。 そんな機械のような2択、はっきりいって糞食らえだ。\ 【久上】 「――そう考えると、美知代顧問が盗撮しているという事実は矛盾する。  リスクばかりでリターンが少ないだろう?」\ 【彼方】 「いや、それもどうかと……あの人はそういう人ですし」\ 【久上】 「ふむ? 彼方からするとそう見えるのか。  裸が見たいのなら、堂々と見に行くタイプだと思うのだがな」\ 【彼方】 「…………まぁ、確かに」\ 確かに、美知代さんなら。 奈々の裸を見たいとなったら、風呂に覗きに行く筈だ。\ 実際、奈々の風呂を覗いてたし乱入したことだってある。 わざわざ盗撮器を仕掛けるような、しち面倒くさいことをする人じゃない。\ 不特定多数の女性の着替えが見たいのならば、女子更衣室に行けば良い。 ……現実にそうしてるという噂も聞いたことがある。\ 思い返すほど、あの人の馬鹿さ加減にウンザリするが。 ……盗撮というのは、リスクとリターンが釣り合っていない。 【久上】 「そもそも更衣室だけではない、空き教室にも多数仕掛けられている。  盗撮ごときの道楽にしては、過剰な程にな」\ 【彼方】 「空き教室って……そんなところにどうして……」\ 【久上】 「また、そちらに仕掛けられた物の方が性能が上だ。  更衣室の盗撮機材など、比べ物にならん程に高性能だぞ」\ 【彼方】 「……どういうことですか?」\ 【久上】 「簡単なことだ――更衣室に仕掛けたのが、美知代顧問。  その他の場所に仕掛けたのが、美知代顧問ではない誰か、ということだ」\ 意味が、わからない。 空き教室に多数? 高性能?\ 【久上】 「これはこうも考えられる――『その他の場所』が更衣室だった。  だから、美知代顧問が『設置した』」\ 【彼方】 「……それは」\ つまり、美知代さんよりも先に、盗聴器などを仕掛けたヤツがいて。 その後に、美知代さんが仕掛けた……?\ 【久上】 「すると非常に話が自然になる。  校内に多数、犯罪物を設置する人物がいた――仮に犯人Aとしよう」\ 先輩が人差し指を立てる。\ 【久上】 「次に、それを美知代顧問が発見する。  勿論、誰が置いたものなのか、疑問に思うだろう」\ 続けて中指と薬指が立てられる。\ 【彼方】 「……ハムラビ法典ですか」\ 【久上】 「ハンムラビ法典の方が発声に近いのだがな。  目には目を、歯には歯を――カメラにはカメラを、盗聴器には盗聴器を」\ 先輩は小指を立てる。 【久上】 「美知代教諭の仕掛けた盗撮器が、犯人Aを映せば僥倖。  虫であっても、その動きが察知できれば良い」\ やれやれ、と溜息をつき先輩がかぶりを振る。\ ……なるほど、そういうことか。\ 犯人が他の場所に設置しようとしたら。 美知代さんのカメラが、それを映す。\ ――ちなみに、盗聴器を英訳するとバグ、つまり『虫』。 たしか軍事関係の隠語だった気がする。\ 【久上】 「勿論、それだけではないぞ。  さすが美知代顧問というべきか、これには2重にも3重にも意味がある」\ 【彼方】 「……というと?」\ 【久上】 「もしも、その場所に犯人Aの盗撮器があったとしても。  『盗撮器を仕掛ける場所を探している』と誤解させることが出来よう」\ カメラが仕掛けられていないかを調べる時に。 そこにカメラがあったのなら、間違いなく挙動不審の美知代さんが映る。\ 犯人Aは焦るだろう。 それは、他の場所に仕掛けた自分のカメラに、気づかれたということだ。\ ……しかし『美知代さんの』カメラ位置を探すという目的ならば。 部屋の隅々をウロウロする美知代さんの映像は、理解が出来る。\」 【久上】 「――仮に犯人Aが、美知代顧問の意図に気づいたとしても。  やはりそれは、犯人Aにとってリスクが増えたことにしかならない」\ 【彼方】 「……犯人Aが他の場所に仕掛ける時、自分の姿が映るかもしれない」\ リスクという抑止力。 犯人Aにとってのリスクは、美知代さんにとってのリターンだ。\ 【久上】 「それ以上の拡散を防ぐ、という意味で効果的だな。  犯人Aに好き勝手にやらせないという、宣言なわけだ」\ 【彼方】 「……犯人Aにしたら、たまったもんじゃないですね」\ 除去することも、増台することも、四方塞がり。\ 【久上】 「極めつけは、犯人A以外の者に見つかってもリターンが出るということ。  まさしく文字通り、巻き餌だな」\ 【彼方】 「……巻き餌? どういうことですか?」\ 【久上】 「ふむ、具体的に言った方が分かりやすいだろう。  彼方は、カメラが仕掛けられていることに気づいたらどうする?」\ 【彼方】 「え? いや、男の意見ですけど、怒りが沸いて誰が仕掛けたとか……。  他にも仕掛けられて無いだろうなとか……え……あ……?」\ ……うわぁ……なんだこれ……。 考えれば考えるほど、背筋が寒くなるんですけど……。 【久上】 「そう、他にもカメラが無いか探すだろう――自分のように、な」\ なるほど、としか言い様が無い。\ 【彼方】 「……怒りに任せ他のカメラを壊してくれたら万歳。  自分で見つけられなかった物でも、他の誰かが見つけるかも……」\ 【久上】 「自分の場合は、美知代顧問だけにしか到達できなかったがな。  犯人Aに到達できる人物も、いつの日か現われるかもしれん」\ 本当に、なんだこれは。 他人の行動心理まで利用するような、うすら寒い作戦だ。\ 【久上】 「1人でダメなら誰かを巻き込めば良い、数というのは何にも増して強力だからな。  ふん……この自分が掌の上で踊らされようとは、生涯の汚点だ」\ 先輩は、カメラについて美知代さんに問い正したことがあると。 ……いつの時だったか、聞いたことがある。\ 【彼方】 「リターンばかり、ですね……」\ 【久上】 「警察が介入するというリスクも、美知代顧問にはあっただろうが。  それすらも、犯人Aを捕まえられるかもしれないというリターンだ」\ 【彼方】 「死なばもろとも……ですか……。  いかにも、あの人が考えそうなことですね……」\ 正義感にあふれていながら。 自分は正義を貫かない、どこまでも馬鹿な教師の、考えそうなことだ。\ /学校チャイムの音、キーンコーンカーン/ 【久上】 「と――1時限目が終わってしまったな、少し話が逸れたようだ」\ 【彼方】 「……そうですね」 まさか自分の軽口から、ここまで話が広がるとは思わなかった。\ なるほど、美知代さん以外で盗聴器をしかけた奴がいる、か……。 頭の片隅に留めて置こう。\ 【久上】 「――さて、いよいよ本題に入るわけだが、休憩を入れるか?  ここからは更に長い話になるぞ?」\ 【彼方】 「……あ〜〜、いえ、大丈夫です」\ 部室に行く前にトイレにも行ったし、多分大丈夫だろう。\ 【久上】 「ふむ、そうか」 そう言って久上先輩はドカっと胡坐をかいて座る。 俺も先輩に倣い、コンクリうちっ放しの床、久上先輩の横に座った。\ フェンスに背中を預けて空を見上げる。\ /青空絵/ 【彼方】 「……暑いですね」\ 【久上】 「まだまだ梅雨は遠いな」\ 天は高く、青は澄み切り、緩やかに雲は流れていく。 階下から聞こえる喧騒をメロディに、俺たちは授業をサボる。\ ――本格的な夏が、もうすぐそこまで来ていた。 汗がじっとりとYシャツを濡らしていく。\ /学校チャイム音/ /屋上絵/ 短い休憩時間が終わり、2時限目のチャイムが響く。 笑い声と騒ぎ声が徐々に聞こえなくなっていく。\ 【久上】 「では始めるとしようか……まずは先に断っておこう。  これから語ることは、そのほとんどが人から聞いたことばかりだ」\ 裏づけも何もない、もしかしたら単なる絵空物語かもしれん―― ――そう、久上先輩は続ける。\ 【久上】 「よって情報精度は言わずもがな、時系列も不確かだ。  そこを念頭に全てを鵜呑みにはしないでくれ」\ 【彼方】 「……わかりました」\ この先輩が『調べている』というのだ。 きっと裏付けも取れていることしか俺には話さないだろう。\ それでも――鵜呑みにするな、と言うのは。 与えられた情報だけで判断する恐ろしさを知っているから。\ 情報は情報でしかない、口伝は口伝でしかない。 本当に知らなければならないのは……『真実』。\ 【久上】 「これを信じるかどうかは彼方に任せよう。  自分の話を聞いて、少しでも興味があれば協力してくれればいい」\ 長い前置きと、素っ気無い嘆願を混めて。 ……久上先輩は語りだす。\ /暗転/ 【久上】 「自分が調べているのは、20年以上前に起きた連続殺人事件だ」\ *story2day2homicide /田舎風景/ 事件の始まりは1957年――今から26年前のことだ。 自分たちはまだ産まれてもいない、随分と昔の話になる。\ この辺りはまだ田畑が並び、アスファルト舗装もない、俗に言う田舎と言うやつだった。 戦後10年足らず、少しずつ車が普及し、バス交通がようやく整備されていた時代。\ 住宅街どころか商店街もなく、街の人口も今とは比べるべくもない。 もちろん、この学園もまだ小学校だった時分だ。\ 住人のほとんどが農作業に従事し、精々は町工場がちらほらとあったくらいだ。 どこにでもある田舎で、今はもう消え去った――田園風景が広がっていた。\ /暗転/ そんな中で何の予兆もなく事件は起きた。 殺人事件……人が殺された。\ /田園風景夜/ 被害者氏名は大畑仁。 鋭利な刃物での犯行――死因は出血多量とそれに伴うショック死だ。\ 犯行場所は路上で、舗装もされていない砂利道。 おおよその犯行時刻は深夜、外灯もない暗闇での刺殺。\ 小さな片田舎で起きた殺人事件――当時は全国紙で大きく取り上げられた。 その頃は、殺人というものが物珍しかったからな。\ 警察も大々的に捜査本部を置いたりと本腰を入れたのだが。 ……これが中々に難しい被害者でな?\ 酒・ギャンブル・暴力・ゆすり・たかり・女遊び・借金・エトセトラエトセトラ。 殺される原因を数え上げたらキリが無い悪党だったらしい。\ さきほどの議論を借りれば、動機という名のリターンが瞭然だったわけだ。 警察も怨恨の線で捜査を進めていた。\ /暗転/ しかし、この事件から1週間も立たずに。 ――次の被害者が出る。\ /転換/ 木下吾妻、男性、2人目の被害者の名前だ。 これも同じく路上での刺殺……犯行時刻も似たようなものだな。\ 最初の事件から1km離れた場所で、同様の殺害方法。 徒歩の一般的な時速を考えると、1kmは歩いて約10〜15分といった所。\ ……困ったことに、この被害者は正真正銘に善良な一般市民だった。 農作業に従事するごく普通の、人間だ。\ /転換/ ――今よりも隣人との付き合いが深かった時代。 近所付き合いや町内会など、その意義は今と比較にならない。\ だからこそ地元の住民は恐怖した。 なぜなら、警察やマスコミより、自分たちの方が良く知ってるからだ。\ 大畑仁と木下吾妻には接点がない――片方は、地域で有名な悪党だったかもしれん。 しかし両人の間に共通点など何もなかった。\ そして、2人目の被害者に到っては犯行の動機すら見出せない。 温厚で柔和な人物だったそうだ。\ だから、恐怖した。 無差別ではないかと……殺される人物は、無作為に選ばれているのではないかと。\ /転換/ 警察も焦ったことだろう。 大畑仁の捜査に到っては、よはや初動ミスと言って良い。\ 今までの捜査線上に全く浮かび上がってない、木下という人物が殺されたのだ。 ――通り魔――最悪の動機による、最低の犯罪。\ この辺りから警察の動きは後手に回る。 ……いや最初から後手と言うべきか、警察はそういう組織だからな。\ 戒厳令、私服パトロール、深夜外出の自粛、地味な聞き込み捜査。 彼らが出来ることはそれくらいなもの。\ 犯人探しどころではない。 次の被害者で出ないように祈るばかりだった。\ /転換/ 結果として――3人目、4人目が殺されることになってしまったがな。 ああ、このあたりはもう新聞などには載っていないようだ。\ 各新聞社に自粛要請でもしたのだろう。 初めの事件で初動ミスをしてしまった形だからな、警察にも面目がある。\ ……ならば、どうして自分がそのことを知っているのか。 答えは簡潔にして明瞭、被害者の身内からの情報だ。\ /転換/ 4人目の被害者の名前は、みやもとはじめ、そう、宮本一。 切音の祖父にあたる人間だ。\ /屋上絵/ 【彼方】 「……」\ 過去の事件が、現在に繋がる。 予定調和のごとく、不協和音をたてながら、線を作り出す。\ 【久上】 「知っての通り、切音の生家は宮本財閥などと呼ばれているがな。  当時は小さな町工場くらいのものだったらしい」\ 切音さんの祖父……おじいさんが。 事件の、4人目の被害者。\ 【久上】 「家族以外は働いていない、従業員は4人ほどの小さな下請工場だ。  工場長は宮本影成氏、続いて長男の一氏、それから次男と三男、その4人だ」\ 先輩は空を見上げる。 澄み切った青空はどこまでも青い。\ /青空絵/ 【久上】 「慎ましやかな生活だったらしい。  長男夫婦に子供も生まれ、家族経営の小さな町工場、何の問題も無かった」\ 見上げる景色に何が見えるというのだろう。 空気以外に何も無い青空を、先輩は睨みつける。\ 【久上】 「……しかし意味も無く、そして意味も分からず。  長男の一氏は、妻と娘を残して殺されてしまった」\ 何も無い青空に、何の意味を込めて、先輩は睨みつけるのだろう。 眼鏡の奥の瞳には何も映っていない。\ 【久上】 「深夜の路上で腹部を刺殺――影成氏は失意に暮れたそうだ。  愛する息子を殺されたというのに、警察は何の情報も開示してくれない」\ まあ開示も何も、犯人の足取りも見つけられていなかったのだろうが―― 先輩は視線を落とし、言葉を続ける。\ /屋上絵/ 【久上】 「だから影成氏は仕事に明け暮れた――現実逃避ではない。  金と組織があれば、事件を自分の手で調べられるからだ」\ 仮にも……自分に血を分けた息子がいるとして。 その子が死んだとしたら、どうして死んだのかも分からなかったとしたら。\ 誰も教えてくれないことは、自分で確かめるしかない。 この世界はタダで解答をくれるほど、人間を甘やかしてくれない。\ タダで答えをくれないのならば。 ――札束を積めばいい、それも1つの解決法だ。\ 【久上】 「それからは知っての通り、巨大企業に変貌を遂げた訳だが。  彼方が知らなかったのも其れに因るところが大きい」\ 【彼方】 「ああ……」\ そういうことか、ここは埼玉県所沢――その大企業のお膝元と言って良い。 その場所で被害者家族の古傷を抉るような真似はできやしない。\ 悪意を持った噂は勿論のこと。 それが善意的になればなるほど、話題に上げるのは憚れる。\ /青空/ 【久上】 「少し話がずれたな、筋をレールに戻そう――  そこから殺人事件は収束に向かう」\ 【彼方】 「……犯人が逮捕された?」\ そんな希望的観測を口にしてみるが、久上先輩は首を振る。\ 【久上】 「いいや、流石に4人もの犠牲者が出ているんだ。  地域住人もムザムザ殺されるような状況を作りはしないさ」\ 1人で外出しない、街灯を設置する、青年隊による自主的な見回り―― 先輩は1つずつ指を折って数えていく。\ 【久上】 「様々な行動を考え、皆で安全な暮らしを作っていく。  元凶は悲惨なものではあったが、結果で言えば地域住民の結束が高まった要因だ」\ 【彼方】 「何だか……皮肉な話ですね」\ 【久上】 「犯人こそ捕まらなかったわけだが。  転んでもタダでは起き上がらない、骨のある人間の方が多かったということだろう」\ そんな皮肉めいた話を――そんな骨めいた話を久上先輩は言う。 ……さすがにそれを笑えるほど、俺も無神経な人間ではないが。\ 人間には皮も肉も骨も神経もあるから。 だからこそ、立ちあがれる。\ 【久上】 「今でも強い商店街の結束力などは、その最たるものだろう。  悪いことではないさ――毎月のようにお祭り騒ぎをしてる」\ 【彼方】 「……7月は、えっと、七夕祭りでしたっけ?」\ あそこの商店街は本当にパワフルだ。 祭り・セール・歩行者天国・路上ライブ、毎日のように何かのイベントをしてる。\ あれは、そういう名残なのか。 何も出来ないのが不安なら、何かをしている方が何倍も良かったのだろう……。\ /屋上絵/ 【久上】 「それでも――そんな人たちをあざ笑うかのように。  最初の事件から2年後、身元不明の死体が深夜の路上にて発見される」\ 話が事件に舞い戻る。\ 【久上】 「2年という歳月は、心の隙間に油断が生まれても仕様の無い長さだ。  その隙をつかれ、事件が転がるように立て続けた」\ ……2年、それは緊張感を持ち続けるには気の遠くなるような期間だろう。 人は良い意味でも悪い意味でも、同じ場所に立ってはいられない。\ 【久上】 「6人目と7人目が殺された、行方不明者も把握してるだけで3名ほど出ている」\ それでも。 そこまで事件が続いても。\ 【久上】 「――それでも、真相は闇の中だ。  誰が何の為に事件を起こしたのか、凶器の特定も犯人像も、何もかもが謎のままだ」\ 先輩は……何の感慨もなさげに、青空から俺に視線を戻す。 その眼鏡の奥の瞳は、やはり推理研部長のまま、言葉を続ける。\ 【久上】 「推理小説で常套句、探偵が涎を垂らす大好物――いわゆる迷宮入りの事件だ」\ どこまでも真っ直ぐに俺を見つめる眼は。 どこまでも久上先輩その人の眼だった。\ 【彼方】 「……」\ /暗転/ /BGM変更/ ああ、そうか、だから『部活』なのだ。 これは久上先輩の矜持なのだろうと、不意に納得してしまった。\ 個人的な興味ではなく、かといって仕事というビジネスでもなく。 推理小説を読み解くのではなく、理解できないオカルトを調査するようなもの。\ 『部活』はいつか卒業する。 先輩なりの――この事件を解くという、不退転の証。\ /暗転終了/ 【彼方】 「……いつからですか?」\ 【久上】 「ふむ? 何がだ?」\ 【彼方】 「いつから――この事件を調べていましたか?」\ 本当に、この人はいつから調べていたのだろう。 こんな途方も無い、解決したところで過去の遺物となった事件を、いつから?\ その結果が何ももたらさない様な、それこそ言葉通りの……『部活』を。 いつから1人で続けていたと言うのだろう。\ 【久上】 「……さあな、その切っ掛けなど忘れてしまったさ」\ そう先輩はうそぶくように、笑みを浮かべる。\ 誰にも礼など言われることなど無いだろう。 誰にも理解されることなど無いのだろう。\ それは、過つことなく足つことなく……まさしく『部活』だ。\ 【彼方】 「わかりました、質問を変えます。  ――どうして今更そんな事件を調べているんですか?」\ 【久上】 「それこそ愚問と言うものだ、彼方諜報員よ」\ 予備動作も何もなく、すっくと立ち上がり先輩は拳を握りしめる。 ……あ、呼び方が諜報員に戻ってやがる。\ 【久上】 「そこに隠された真実がある限り!  我々にはそれらを昔日の元へとさらけ出す義務がある!」\ ここでそのノリを持ってくるのかよ……。\ ったく、言いたくないのならそう言えば良いのに。 変なところで俺に遠慮する人だ。\ いや、だからこその久上先輩、か。 心の中で溜息をつき――本当に、少しばかりの親愛を混めながら――\ 【彼方】 「……あらゆる謎を、あまねく解き明かすことこそ。  わが推理研究部の命題だ――ですか?」\ 先輩の言葉を続けるのが、後輩の役目だと言うのなら。 これほど名誉なことはない。\ 【久上】 「ふっ……分かってきたではないか、彼方諜報員!  この2ヶ月の教育の賜物だな!」\ 先輩が俺に向かって手を伸ばす。\ 【久上】 「――始めようではないか、なあに構えることは無い。  結局、やることはいつも通りのことでしかないさ」\ /暗転/ 光栄に思え、御園彼方、1年C組出席番号31番。 お前は正式に推理研究部の部員として選ばれた。\ この――人類規格外の先輩に。 抱えた荷物を預けられると、背中を預けられると認められたんだ。\ これが名誉でなくて何だというのだ。 誰も救えなかった畜生以下の自分を信じて、手を伸ばしてくれた。\ 何の見返りも求めない部活、誰を救うのかも分からない活動に。 ……また何かに対して足掻き続けるために。\ /暗転終了/ 【彼方】 「……ホント……どうしようもないですね。  どうせ何をしたって俺は巻き込まれるんでしょう?」\ 苦笑しながら――久上先輩の手を取る。 陽に焼けたアスファルトの床を踏み締め、俺は立ち上がる。\ 【久上】 「ふっ……はっはっは、何を言うか。  自分が無理矢理にでも巻き込んだことがあったか?」\ そう言いながら先輩はシニカルに笑う。 ――言葉と関係を変え、再び夏の暑い日差しの中、俺たちは手を離す。\ /青空絵/ 2年前の秋を思い出す。 ……本当に俺たちはどうしようもない。\ あれから2年も経っているのに、やってることは何一つ変わらない。 世間と世界を相手に、子供じみた主張を続けてるだけだ。\ それが決められたことでも、それが終わったことでも。 ――納得できなきゃ、抗っちまえ。\ /屋上絵/ /BGM変更/ 【彼方】 「――それで話は分かりましたけど、俺は何をすればいいんですか。  まさか、これだけ語っておいて個々の意志に任せる、は止めて下さいよ?」\ 連続殺人事件――大畑仁・木下吾妻・宮本一・名前も知らない犠牲者たち。 この街で起きた、26年前の未解決事件。\ まずは、何から始めれば良いのか。 ……先輩が予定を立てていない筈がない。\ 【久上】 「案ずるな、その為の土日だ」\ 【彼方】 「え? 土日ですか?」\ 【久上】 「ん? その言葉どおり、土曜日と日曜日だが?  切音参謀から聞いてないのか?」\ 【彼方】 「え?」\ 【久上】 「ん?」\ /SE風が吹く音/ 思わず2人して顔を見合わせてしまった。 ……乾いた空気が2人の間を吹き抜ける。\ 【久上】 「……部室の前でも思ったのだが、まさかまたもや切音から聞いてないのか?」\ 【彼方】 「……聞いてないですよ……いや、聞いたのか……?  正確には、切音さんが用件を伝えてないというか……」\ 昨晩の切音さんとのありがたい会話を思い返してみる。 すげぇ嫌だけど。\ /セピア回想/ 『土日は空いている?』 『用件は?』 『おねぇさんと呼ばなきゃ話さない』\ /回想終了/ ……マジ、重要なことを何1つとして伝えて無いじゃん! 伝達が不十分と言うより、伝達が不安定だ。\ 【久上】 「ふむ……こういうことを聞くのは極めて野暮だとは思うが。  その何だ、切音と喧嘩でもしているのか?」\ あまりある連絡の不徹底さに、先輩が困ったように尋ねてくる。 うわあ、この人に心配されてるよ……軽く死にたい。\ 【彼方】 「そういうわけじゃないですけど……。  切音さんが、はしゃぎすぎと言うかテンションが高いと言うか」\ 【久上】 「ああ、なるほど――そこは許してやってくれ。  他人の家に寝泊りするなど、切音にとっては初めての事だろうしな」\ 【彼方】 「切音さん……友達いないですからね」\ 【久上】 「いないと言うよりも、作れないと表現すべきだろうな」\ /暗転/ ……なんだか言葉尻だけを聴くと、切音さんが人格破綻者のようだな。 人格が破綻してない、と否定しきれないのがアレだけれども。\ まあ人気が有るということと、親しい人がいるということは別物なのだ。 友情というのは――えてして対等な立場で初めて成立するものだから。\ そういった意味では、あの人の横に並ぶには並大抵のことが無いとムリだろう。\ /暗転終了/ 【久上】 「その点で自分と切音は似た者同士と言って良いかもしれんな。  自分の場合は作るという気がないが」\ 【彼方】 「……」\ あんたと台頭に張り合える人なんてどこにいるんだよ……。 鬼か悪魔か――作者ですら裸足で逃げ出しそうだ。\ 【彼方】 「――えっと、それで土日ですけど」\ 【久上】 「おお、そうだな、話を戻そう。  まずは図書館で文献探しをしてもらおうと思ってな」\ 文献というと、新聞や文芸誌といった所だろうか。 まあ久上先輩にしては無難な調査方法だ。\ 警察に突撃取材だはりきって行くぞ彼方諜報員ついてこい、とか言われても困るし。 ……うん、言い出さないように心の中で祈っておこう。\ 【久上】 「自分の集めた情報は人づてのものが大半だ。  裏付けとなる記事や、関連する事件が無かったか調べて貰いたい」\ まあ、あのでかい図書館に行けば何らかの収穫はあるだろう。 ――そこは否定しないし、できることなら協力したいが。\ こちとら日曜には大事な予定があるのだ。 ここだけは、例え久上先輩であろうとも譲れない。\ 【彼方】 「先に断っておきますね、日曜は絶対に無理です」\ 絶対、の所を殊更に強調しておく。\ 【久上】 「ふむ、ここまできっぱりとした自己主張は珍しいな。  何か用事でも控えているのか?」\ 【彼方】 「幼馴染4人で出かける予定です。  どこに行くかまでは決まってませんが」\ 召集命令を無下にされても、久上先輩は嫌な顔もせず、俺の言葉に頷く。\ 【久上】 「ほう、なるほど、それならば諦めるほかあるまい。  ――ん? 4人というと、あの内気少女もいるのか?」\ 【彼方】 「……内気少女って……忍ちゃんのことですか?  まあ、今回に限ってはそっちがメインですし――」\ 【久上】 「彼方諜報員は、ハーレムでも作成予定なのか?」\ ……すげぇ言いがかりをつけられちまった。 名誉毀損で訴えるぞコラ。\ 【彼方】 「そんな訳が無いでしょう、どんなエロゲーですか。  ただ単に遊びに行くだけですよ」\ 【久上】 「ハーレムを目指しているのではないのなら……。  その中に本命がいて、あとはキープというところか?」\ 【彼方】 「ところか、じゃねぇよ、どんだけ俺は鬼畜なんだ。  ……幼馴染です、変な邪推はやめて下さいよ」\ 奈々も忍ちゃんも、言わんや康平も。 俺にとってはそういう対象に足りえない。\ いや足りえないのではなく、むしろ満ちすぎていて。 中途半端な俺には勿体無さ過ぎる。\ ……少なくとも今は。 俺では、釣り合いが取れやしない。\ 【久上】 「――作れないのか、作らないのか、作ろうとしないのか。  どいつもこいつも意固地な奴らばかりだな」\ 困ったような顔で、久上先輩は腕を組む。 意固地と言われても……事実なのだから仕様が無い。\ 【久上】 「しかし彼方よ、お前も一介の思春期ストライクな男子高校生だ。  日中夜と時間を問わず女子に囲まれて、全くその気にならないのか?」\ 【彼方】 「……なりませんってば」\ めちゃくちゃ嘘つきな俺がいた。 昨夜だけでも2度ほど臨海突破しそうでした。\ 【久上】 「それこそ、ストライクを決めてみようなどと微塵も思わないのか?  人の道を踏み外すという意味では、ガーターと言っても良いかもせんが」\ 【彼方】 「……ボールを投げる気がありませんからね」\ つかそもそも、俺が女の子に手を出すのは、人の道を踏み外すことなのかよ。\ 【久上】 「――いいことを教えてやろう。  心頭滅却すれば火もまた涼しと言った高僧は、そのまま焼死したんだぞ?」\ 【彼方】 「……」\ すごく嫌な豆知識を披露されてしまった。 当意即妙すぎて涙が出そう。\