しとしと雨が降ってきて










学校へ行くまでの一本道、速度おとせの せ のあたり、鷲の死体がある。
子どもたちの笑い声が響く大きな公園の隣り。車がスピードを出してもすれ違えるくらいわりと広い道の黒っぽいアスファルトに、三日前からはりついている。
こんな街中に鷲がいないことぐらいもちろん知ってる。
三日前の朝大きな翼を広げて死んでいる姿を見て、あたしが勝手に鷲だと思っただけ。

車に轢かれたんだと思う。空の生きものが、地べたを走り回る機械に潰されたかと思うと、少し怖い。
散らばった羽根や血の痕やその他はもう片されて、黒っぽいアスファルトにもっと黒い染みがついただけに今はなっている。
あたしはその染みを避ける。通行人は何も知らないから、平然とそれを踏む。自転車が通る。車が押し潰す。
鷲は何回死ねばいいんだろう。



九月の中頃、公園のキンモクセイが咲いた。鷲が初めて死んだ頃、ユリが全部落ちた。


あたしは今日も鷲を避ける。一歩、二歩。
今日はミミズも死んでいる。顔を上げると、公園の垣根がきれいに整えられていた。
自由に空にのびていた深緑の木々はところどころ枝を丸出しにして、きちんと四角に収まっていた。
アスファルトに散らばった枝と一緒にぽつぽつとミミズが干乾びている。三歩、四歩。
あたしはたくさんのミミズもきれいに避けた。小学生の頃、グラウンドの日陰でこっそりけんけんぱをして遊んでいた頃を思い出す。
明日までにミミズたちはぺしゃんこになって、そのうち道路に吸い込まれて消えちゃうんだろうか。



次の日、アパートの目の前の道で、大きなカマキリがぺしゃんこになっていた。
わりと形はきれいで、今さっき潰れたんじゃないかと思う。薄緑の色は黄緑の絵の具を水で薄めたように明るくて、
白を混ぜたように爽やかでとろみがあって、単純すぎず難しくもないきれいな色だった。
あたしは道路の真ん中に座ってその色をずっと見ていたいと思ったのに、薄緑からはみ出した黄色と茶色が邪魔をした。

 




夜、お兄ちゃんから電話があった。
お兄ちゃんが家を出てから三年たつけど、あたしにだけはたまに連絡が来る。
お兄ちゃんはあたしの四つ上で、すごく頭がいいしかっこいい。でも未だにあたしのことを みーちゃん なんて呼んで、少し子どもっぽい。
 みーちゃん、変わったことあった?
やる気のない声でお兄ちゃんはどうでもいい話をする。
あたしもぼーっとしながら嘘か本当かわからない話を聞いて、自分のことも少し話す。
 またね、みーちゃん。
お兄ちゃんは優しい。



次の日もカマキリと鷲とミミズたちを避けて、あたしは学校に行った。
一時間目はあたしの好きな世界史のはずだったのに、授業はなくてかわりに全校集会があった。黒いスーツに黒いネクタイの校長先生がステージで悲しそうにしゃべっている。
たくさんの人に囲まれながら、あたしはあるはずだった世界史の授業のことを考えてみた。 ネロ帝の迫害、さあいざ公認ミラノ勅令、392年キリスト教はローマの国教に。アダムとイヴが生まれてから今日まで、何人が死んだんだろう。
今日死んだのは、話したこともない同級生だった。




夕方、雨が降った。
十一歳の誕生日にお母さんにもらった傘をさして、あたしは一本道を歩いた。
薄い水色に白すぎない白の水玉の八角形の花が咲く。あたしは足元を見ながらのらくらとアパートへ向かった。
干乾びたミミズたちはしとしと降る雨で分解されて、もうミミズじゃなかった。
あたしは体の芯をぎゅっと握られたような、食道をぐいぐい下に引っ張られるような切ない気持ちになって、骨に沁みる雨水をばしゃばしゃと跳ねさせながら走った。

公園の垣根が続いて、逆さまに迫った 速 度 お と のところであたしは止まった。
傘にあたる雨粒がつくった薄いベールのなかで、あたしは逆さまの せ の上に立って、黒い染みをじっと見つめる。雨音が遠のく。

空気抵抗をめいっぱい受けた八角形の花を引っぱってあたしは跳んだ。
鬱々とアスファルトにはりつく黒い染みを踏みつけようとして、せ の字から前へ思い切りジャンプした。

だけど黒い染みまで届かなくて、しかも滑ってあたしは雨の上にしりもちをついた。
あたしの手から離れた傘は風に乗って公園のキンモクセイに引っかかった。
道路に座り込んだあたしの目の前には、何度も何度も轢き殺された鷲がいる。
そっと手を伸ばして、雨で薄められていく鷲に触ってみた。ざらざらと硬くて、昼間の太陽の熱か、少し暖かかった。




次の日学校が休みになったから、日が強くなる前に公園まで散歩した。昨日の雨に打たれて、公園のコスモスが少し倒れて色褪せていた。
乾いた風が吹いて、ふわふわあたたかなキンモクセイの匂いがした。



















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