シマリス









シマリスは我慢していた。


昨日の朝方、シマリスの兄が動かなくなった。
シマリスはずっと兄と二人暮らしで、いつも兄と一緒に同じものを食べ、
夏には木陰を駆けまわり、冬にはあたたかく二人でくるまって眠った。
何をするにも一緒だったシマリスの兄弟は、ひどく冷え込んだ秋の日に離ればなれになった。
一人で食事をするのも外へ出かけるのも、兄が動かなくなったことを一層感じさせるような気がして、
シマリスは何もせずただじっと、ベットで眠ったままの兄に背を向けて日が差し込む小さな窓をきっと睨みながら我慢していた。




トントントン。
朝の冷えが少し落ち着いたころ、誰かがシマリスの家のドアを叩いた。
「何も食べてないと思って」
両手いっぱいにキノコを抱えたネズミだった。
小さな瞳をきょろきょろ動かして、ネズミはベッドを見やって言った。
「とても静かだね」
シマリスが窓から目をそらさずにいると、ネズミは少し悲しそうに笑ってから出ていった。



コンコン。
太陽が高くなったころ、また誰かが来た。
「のどが渇くと思って」
今日出たばかりのミルクのビンを抱えたヤギだった。
ヤギはコツコツと家のなかを歩き回り、
「松ぼっくりを絵に描いてみようかと思ったんだが、実に難しい。鱗片のひとつひとつにドラマがあってね。粗末には描けないものだ」
といかにも芸術家らしく言った。
シマリスが窓から目をそらさずにいると、ヤギは少しうつむいて哀しい歌をうたいながら出ていった。



トントン、コツコツ。
日が陰りはじめたころ、また誰かが来た。
たっぷりのハチミツを持ったクマと、その肩に小さくひらいたコスモスをくわえたメジロだった。
「疲れていると思って」
シマリスがじっと座ったまま窓から目をそらさずにいるのを見て、メジロが言った。
「この花はいつか枯れるわ。それまで大切にお水をかえてあげて」
シマリスは我慢したまま窓から目をそらし、自分のつま先を見つめはじめた。

どうにもイスから動きそうにないシマリスを見て、ふいにクマがシマリスを抱きしめた。
ふかふかの冬毛に生えかわりはじめている大きなクマはあたたかくて、クマのお腹中の毛がシマリスの体をくすぐった。
ふっくらとしたクマのお腹からは柔らかな太陽と甘いキンモクセイと、誰かのために涙を流した匂いがした。
それからクマはシマリスを優しく撫でて、もう一度ぎゅっと抱きしめた。
日が沈みきるまでクマはシマリスを抱きしめ、メジロもクマの肩からじっとそれを見守った。

「そろそろ帰ろう。雨も降り出しそうだ」
二人は静かに出て行った。










「…僕には何にもない」
また一人になったシマリスはどうしたらいいかわからなくなって、昨日の朝からずっと考えていることを口に出してみた。
それから立ち上がってしばらく考えてから、兄がいつも座っていたイスに腰かけた。
テーブルにはキノコ、ミルク、ハチミツ、コスモスがぽつんと置かれていた。

「僕には何にもない」
シマリスはとうとう我慢しきれなくなってぽろんと大きな涙を流した。
ぽろんぽろんと泣きながら、シマリスは頬をめいっぱいに膨らませながらキノコをかじって、
ミルクを飲んで、ハチミツをなめて、コスモスの匂いを大切にかいだ。
シマリスはもう涙が止まらなくて、キノコとミルクとハチミツを食べ終わってしまうまで声をあげて泣き続けた。

全部をきれいに食べ終わるころ、コスモスの花びらが一枚だけ落ちた。
はらはらりと音もなくはがれ落ちひとりで床に着地したその花びらに、シマリスははっと息を止めて泣きやんだ。
静か静か、何の音もしない。

そうして、兄が眠ったままの冷え切ったベッドにシマリスはひとりもぐりこんだ。

北風が窓をカタリと揺らした。


























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